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2007年7月24日 (火)

浅草 新世界 花やしき

「ガイアの夜明け」で花やしきのローラーコースターのことをやっていて『新世界』のことを思い出した。

実は浅草で育ちながら花やしきには行ったことがないのだ。その代わり新世界には年中父に連れられて歩いて行っていた。思いついて検索してみたらウィキペディアにちゃんと出ていた。五重塔再建の資金作りのために瓢箪池を埋め立てて売り出された土地に東急グループの楽天地が立てた室内型遊戯施設だったらしい。今は場外馬券売り場になっているそうだ。

なぜ花やしきには連れて行ってもらえず新世界だったかというと たぶんお店をやっていたからなのだな。昼間行かないと遊べない花やしきには連れて行けないと。その代わり夜遅くまでやっていた新世界にはお店の閉店近くになれば、あとはお店を若い衆にまかせて連れて行けたということなんだろうと思う。思い出はいつも夜だもん。それも確か8歳くらいの時に閉店してしまったのだ。

更に検索で東京下町貼雑帳というブログをめっけ。コメントに内部の案内図の写真があった。「へえ~」だった。宴会場や大食堂やバイキングレストランや温泉大浴場からプラネタリウム、中華飯店、ローラースケート場、キャバレーまであの中にあったのだね~。私が知っているのは1階のお土産屋とその端にあったおにぎり屋と3階のアメリカンゲームセンターだけ。思えば『型抜きしたおにぎり』というものを生まれて初めて食べたのは あのおにぎり屋でだった。家でも型抜きおにぎりを食べたくて母にねだってカッパ橋のお店で木のおにぎり型を買ってもらった。

シューティングゲームやミニボウリング(実際に小さい玉を投げる)やドライヴィングゲームなどなど好きなだけやりまくって楽しかった。というのもすいていたからなのだな。最後ごろなど電気が半分も点いていなくてお客さんは誰もいなくて薄暗かった。閉店はおにぎり屋さんの大将が「ここもあと1週間で閉まるんですよ」と父と話していたのを聞いたことで知った。子供心に「それでこんなに人がいなくて暗いのか」と思ったことをおぼえている。実際に閉館したのはいつだったのだろう。

アメリカンゲームセンターは今のゲーセンのハシリで、もっと大規模なものだったと思う。子供だったせいで広く感じたのかな?屋上に五重塔があって電飾でピカピカしていて非日常空間に入っていく感じが好きだった。

昭和30年代の初めにあんな大規模な室内型レジャーセンター(だよね)があったことに改めて驚いた。調べてみるもんだね。

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