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2008年10月18日 (土)

裸の大将 山下清

TVで今「裸の大将 山梨編」をやっているらしい。
息子が「おかあさん 面白いよ 見てごらん」と言いに来た。

しかし ちょっと見る気になれない。
知的障碍のある人をネタにして言動を戯画化しているドラマを見て「ハートウォーミングな人情喜劇」と感じることはできないのだ。子供の時に本人を間近で見ているせいかもしれない。

小学校4年の時に、松坂屋でやっていた「山下清展」に連れられて行った。ご本人も来ていて会場で売っている印刷された作品を買うと会場隅に置かれたデスクでサインをしてくれた。エッフェル塔や凱旋門の絵などがあったからたぶんヨーロッパ旅行のあとのことだと思う。

凱旋門の周りのロータリーの手前側を走る車が逆立ちしている絵があったのを覚えている。ひとことで言って どの絵も「ヘンだ」と思った。
母親にコッソリと「なんか子供が描いた絵みたいだけど この人って本当に有名な画家なの?この絵のどこがすごいの?」と聞いてしまったくらいだ。母はその時に「この人が作った絵だからすごいの」と言った。大人になって改めて見た時に縮尺 奥行き 透視点などが狂っているせいで そう感じたのだとわかった。

「この絵を飾りたい」とは全く思わなかったのだがサインをしてくれるというので何枚か買ってデスクの所に行った。『一心不乱』という言葉を形にしたような様子でサインをしてくれた。ぎこちなく必死の形相でカクカクとした字で時間をかけてサインをする様子に怖気をふるってしまった。会場を出たあとで母に「あの人ってヘンじゃない?子供みたいな字を必死に書いてて もしかして知恵遅れなの?」と聞いたら その時初めて山下清がどういう人で、という話をしてくれた。

いわく「普通の人があれを描いたらヘタだと言われておしまいだろうけど“山下清が描いた”から価値があるのだ」と。八幡学園のことも式場博士のことも その時に知った。市川にはピアノの先生のお宅があって毎週通っていたので その市川にそういう施設があったことが驚きだった。

子供心に「そういう人にああいうマネをさせて、見世物にするみたいで気の毒だなあ」と思って母に言ったら「あの人は あれでお金を稼がないと施設にいられないから仕方がないのだ」というようなことを言われた。本当かウソかは知らない。

山下清の原体験がそれだったからかTVドラマは見る気になれないのだ。

実家には まだ山下清のサインの入った絵が何枚も残っているはずだ。


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コメント

俺は、障害者だ さんコメントありがとうございます。
子供の時のことで山下清については親の解釈を聞かされて そのまま頭に残っているのです。
山下清はサヴァン症候群だったみたいですね。
マルチとしてはやはり 有名人や事故、被害者をネットに流すのとは「見世物」という意味合いが違うように思います。また障害者としても五体不満足の方とも意味合いが違うのではないか、ということなんです。

子供の頃に感じた事は、正直な気持ちかもしれないね。
だけど、見せ物として扱われるのは、障害者だけじゃないだろ。
今の世の中、いろんな人が携帯のカメラで、有名人や事故の現場、火事の現場の被害者・容疑者・盗撮される女性を撮りまくって、ネットやテレビ局に流してしまう。
これが見せものでなくて何だというのか。

本人は、ただ絵を描くのがすきだっただけだと思う。
山下清の絵は、そのほとんどが現地で描かれたものではなく、旅から帰ってきて施設の部屋で記憶だけを頼りにまとめて作られたものだと聞いてます。
多少バランスが狂っていたとしても、絵の細かさや、貼り絵の技術は本物だと認められているのだ。
障害者の画家としてではなく、山下清という一人の画家を日本の画壇が認めていたのだ。

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