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2010年1月24日 (日)

蜘蛛の糸

もちろん芥川の有名な作品のこと。

今では小学校6年の道徳の教科書に載っている。

先日の授業参観で取り上げていたのを見て???だったのだが息子の前で話すのは学校批判になってしまうので控えていた。

何が???なのかと言うと
「罵るカンダタを見たお釈迦様が蜘蛛の糸を切って」というところと「落ちて行くカンダタは何を考えていたでしょう」という発問。

今日 夕飯後 珍しく息子だけ部屋に行ってしまって夫と娘と3人になったので その話をしてみた。

「カンダタは落ちながら何を考えていたか、って質問に子供たちは『登って来るななんて言わなきゃ良かった』とか『自分のことだけしか考えていなかったのがいけなかったんだな』とか答えていたけど そりゃないだろう?お釈迦様が下ろしてくれたことも自分勝手の罰のために蜘蛛の糸を切られたことも知らないわけだし そしたら『やっぱり切れちゃったじゃないか!あいつらのせいだ!』としか考えないよね」というところから始まって3人で侃侃諤諤 盛り上がってしまい、ひさしぶりに面白い時間を過ごした。

3人とも「カンダタが反省しながら落ちて行ったはずがない」というところで意見は一致。

「文学作品の解釈としたら完全に間違っている」(これは私)
「お釈迦様が切ったんだっけ?」(怒鳴ったとたんに手元からプッツリ切れた が正解である お釈迦様は何もしていない)
「お釈迦様が 気まぐれで下ろしておいて
切ったなんて お釈迦様 完全に悪者にされてるよね」(これは娘)
「みんなのことを考えましょう という結論を導き出すために作品を改ざんしていいのか」
「だいたい この話からそんな教訓を導き出そうというのが間違いだ」
「発問自体が間違い。『なぜお釈迦様は糸を切ったのでしょう』にすれば まだ話は通る」(これも娘)
「みんなのことを考えましょう にしたいんだったら題材がムリ過ぎ」
「仕切る人間がひとりいれば問題は解決するんだ」(これは夫)
「ひとりずつしか登れないならジャンケンで順番を決めてひとり登りきったら ハイ次、ってやる人間がいたならば たとえ何人かしか登れないくらい弱い糸だったとしても何人かは助かったかもしれない」
「それができるんなら地獄になんかいないんじゃない?」

道徳の授業に先がけて
「もしも みんなで1週間何も食べるものがなかったところに一人分の食事を出されたら あなたはどうしますか」という質問と
「もしも船が沈んだ時に1人用の救命ボートしかなかったら あなたはどうしますか」という質問をしてアンケートを取っていたらしい。
無茶なことを聞くよね~。
極限状態に置かれた人間において生存本能に勝るものはなかろうと思うのだが。。。。。親子だったら話は別だと思う。子どもに食べさせるために親は闘って食事をゲットするのではなかろうか。でも全員6年生だったら どうよ。

ということで 娘の
 鋭い意見や男は社会的生き物なんだなと再確認させてくれるような意見もあり、実り多いお食後の時間を過ごせた。

ネットで「蜘蛛の糸」を読み返して思ったのだが、芥川は「蜘蛛の糸」を宗教に対するアンチテーゼとして書いたのか?

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