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2011年2月19日 (土)

目撃!日本列島「ぼくは僧になる」~中尊寺 厳冬の修行~

土曜日の朝である。珍しく息子の部活もなく子供たちは朝寝坊、私は本を読みながらTVを聞いていたら ウン? である。

「中尊寺」といったら故今東光さんのお寺ではないか。
夫と昔行ったこともある。金堂も見た。
そこで13歳の小坊主が修行するとな。
13歳といえば うちのバカ息子と同じ年。
これは見るしかない。

子供達にも声をかけたが返事はなし。なんてやつ等だannoy
金曜の夜中に「GOSICK」なんか見ているからだ
punch
こういう番組こそ見せたいのにpout
ということで本はやめてひとりでTVに集中。

数えで14歳の正月から修行が始まるきまりだそうで、小僧のうちから冬と夏に行って21年かけて修行をするのだそうだ。だから修行僧の先輩は30代である。最初は1週間だけど修行が進むと1か月やったりするらしい。

大人になってからの雲水を預かる永平寺とは違って中尊寺では小僧から「育てる」のだな。同じ禅寺でも曹洞宗と天台宗の違いか?

やっぱり13歳は13歳。長時間の正座はできなくてモソモソしちゃうし。でも寒い中での修行をがんばっている姿には感心した。1時間半がんばって木魚を叩き続けるなんて、親が見たら泣いてしまうだろうな。まだ まん丸い子供の顔をしているのによくがんばったよ。うちのボケナス息子にはとうてい真似できないことだ ウン。

中尊寺の「育てる」姿勢にも感心した。どんな失敗をしても怒ったり怒鳴ったり叩いたりしないで何度でも辛抱強く教える。お米をまくのを失敗した時も、顔にお米をぶつけられた年取った偉そうなお坊さんたちが「ウフフ」と笑っていて責めたりしなかった。それって あのお坊さんたちも小僧の時から修行して同じような失敗をして来て「身に覚えがある」せいなのか それとも修行で人間ができているせいなのか 中尊寺の方針が身に付いているせいなのか。全部か?

ずっとずっと昔にNHK特集でやった「永平寺」を思い出した。全然真逆の世界。
今度 川口のアーカイブスに「永平寺」を見に行こうかな。

永平寺も中尊寺も観光客として行ったことはある。NHK特集の「永平寺」をイメージして行ったら門前がお土産屋と食堂だらけで唖然としたおぼえがある(なんて俗なところなのだ と)。逆に言ったら そういう門を一歩出たら俗なところでああいう修行をするってのも大変だろう とも思った。本当に『門』というのは結界なのだな。観光客というものは俗なわけで そういう俗世界と隔絶した所に修行があるわけで それは俗社会の人間に見せるものではなくて、そう考えたら西新井大師の坊さんたちのことも見る目を改めなければならないかと思った。 

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