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2012年4月 6日 (金)

ブラックボード

2日目である。

1日目の時代には私の両親が教壇に立っていた。
2日目の時代は私自身が教壇に立っていた。

ドラマだから仕方ないけど。
校内暴力が吹き荒れた時代って あんな簡単なものじゃなかったよ。あそこまで大っぴらにガラス割ったりはしなかったけど 学校中の火災報知機は壊されてて非常ベルは1日に何度も鳴ったし 朝行けばガラスは割れてたし 学校中のトイレのドアが穴だらけだった。

学校内に問題児が3人しかいないはずがない。あの時期には各クラスに4.5人ずつ不良がいた。全部の先生が悩んでいた。あんな他人事みたいに「体罰は反対です」なんて言ってられる状態じゃなかった。もちろん教師が暴力をふるうことは禁止されていたけど生徒は教師に暴力ふるうこともあった。校内で不良の派閥同士が抗争してたよ。止めに入った教師は20人くらいの不良に取り囲まれて、男の先生たちは殴りたいのをガマンするためにズボンのポケットに手を突っ込んで堪えてた。学校中あっちでもこっちでも
生徒と揉み合いしてて、そういうことがあると授業は中断して教師がみんなで駆けつける。そうなると教師がいなくなった教室はその間にグチャグチャになるわけ。不良は加勢しに飛び出して来るし。

要するにあの時代の空気が描けてないのだ。
不良の存在が他の生徒を圧迫していて「イヤだな」と思っている普通の生徒の規範意識も低下し、投げやりになって学校全体がだらけて無関心無感動で みんながあきらめていた。不良をどうにかするだけでなく 全体の意識を高めて口がきける学校にするのがどんなに大変なことだったか。空気を変えるために先生たち全員が努力していたのだ。

思えばあの頃は若かったな・・・・・

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